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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)52号 判決

原告 斎藤茂信

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十五年抗告審判第二八八号事件につき昭和三十年十月二十八日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として、

一、原告は昭和二十三年三月二十五日に石炭燼を主とする混凝土工事法の発明につき特許出願をしたところ、昭和二十五年五月十六日に拒絶査定を受けたので同年六月十七日に抗告審判請求をし、同事件は特許庁昭和二十五年抗告審判第二八八号事件として審理された上、昭和三十年十月二十八日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、同審決書謄本は同年十一月十日原告に送達された。

二、本願発明の請求の範囲とするところは「その塊粒を含む石炭燼末に少量の石灰とセメントとを混じて加水練捏した混凝土を混合されたセメントの凝結により主として硬化し石炭燼の凝結不十分な保湿状態のそれに石炭燼を主とするモルタルを介し又は介さずに打ち継ぐ石炭燼を主とする混凝土工事法」というにあつて、この混凝土工事法は家屋その他の構造体の建設施工に当り、先ず第一にその塊粒を含む石炭燼末に少量の石灰とセメントとを混じて加水練捏した混凝土を使用するものである。

三、然るに審決は「石炭焚滓(石炭燼)に少量の石灰分とセメント類を混じ加水練合せたモルタルは本願出願前より国内において公知(例えば特許第八一一〇八号明細書参照)であり、その石炭滓(炭殼)は細かい部分を多量に含み、必要に応じて三分目又は五分目の篩にかけて使用されることもあるが、軽量粗骨材として大小適当に混合されたものがよいことも本願出願前公知(例えば昭和一四年七月二〇日附学校美術協会出版部発行、矢崎好幸著、実技詳解セメント工第六四頁参照)である以上、本願発明の要旨中にある混凝土は、前記公知のモルタルと同一又は均等の域を出ないものと認められる」と説いているが、右は畢竟本願における採択資料は特許第八一一〇八号明細書に記載されてあるものと同一又は均等であるとするに過ぎないものであるところ、右特許明細書所載の発明は舖道用ブロツク製造方法に関するものであつて、石炭燼末を主とするモルタルには審決の他の引用例なる特許第八七六四二号シンダー(石炭焚滓)練瓦の製造法の明細書所載のものも、石炭燼末に少量の石灰とセメントとを混じて加水練合したもの(但し粉細した石炭焚滓に稀薄な硅酸曹達溶液を散布し湿潤状態の下で一乃至二週間堆積保持した後、これに石灰、川砂及び少量のセメント類を混合する)を使用するけれども、これ又一平方吋につき百五十ポンド以上の高圧力で加圧成型するものであつて、いずれも加圧成型資料としての用例にすぎない。然るに材料を単に型枠に流し込むだけで果して構造体としての所要強度が得られるかどうかは右用例の関知するところでなく、本件特許出願前国内で全く不明であつたが、原告は石炭燼末にこれと同質である石炭燼の塊と粒とを混在させたものに少量の石灰とセメントとを混じ、加水練捏したもので実験したところ、その適用の可能なること、即ち構造体として十分な強度を生ずる事実を発見し、この発見に基いて初めて本願発明をしたのである。資料自体はたとえ普く知られたものであつても、その資料の有する未知の特性乃至機能の新規の利用は新たな発明を構成する。まして本願発明における資料は石炭燼に少量の石灰とセメントとを混有させたばかりでなく、右燼末と同質の石炭燼塊が共存し、同質物間の親和結合によつて亀裂惹起の恐れのない鞏固堅牢な建造物を得るようにしたのである。従つて石炭燼塊粒自体軽骨材として公知であることは、少しも本願発明の新規性を妨げるものではない。

四、次の審決は「石灰を混じた石炭燼末とセメントとの硬化速度の遅速及び硬化作用の各別進行については何等信憑するに足る説明又は資料の提出がなく、石炭燼の塊粒はともかく石炭燼末は少量の石灰及びセメントと十分に混合された状態にあつて、混含セメントと石炭燼末の凝結は事実上コンクリート全体として観測されるに過ぎないものと認められるので、混含セメントの凝結によつて主として硬化し、石炭燼の凝結不十分な保湿状態というのはコンクリート全体の早からず又遅からざる硬化中の時期を指示したものと均等であると認められ、しかもその時期は限定されているように見えても、この限定は少なくとも型枠を外し得られない軟湿状態では早過ぎるし、硬化が十分になつてからでは遅すぎることは分るが、しかもなお明確な時期の限定と認めることはできない。結局本願発明の要旨は、その出願前公知のコンクリート材料を使用し、尋常の打ち継ぎ手段を当然の時期中の不明確の限定時期に実施する工事法に過ぎない」と断じている。

然しながら石炭燼末と石灰との混合物の加水による凝結硬化速度がセメントの加水凝化速度に比して著しく遅いことは厳然たる事実であり、石炭燼末と石灰とセメントとの三者を加水練捏して凝結させると、石炭燼末と石灰との結合した部分Aと、石炭燼末とセメントとの結合した部分Bと石灰とセメントとの結合した部分Cと、セメントのみの部分Dとの錯雑結集体となり、その凝結過程においてB、C、Dの部分が既に十分硬化してもAの部分が硬化不十分な時期が必ずあるわけであり、従つて審決の説くところは全く理由がないものである。尚審決は右の点に関し原告の上記の考察乃至推理に対しA、B、C、Dのそれぞれのものが顕微鏡的にも別々に存在しているか、別々に存在したと仮定してそれ等が錯雑な状態にありながら、その硬化過程においてB、C、D部分は十分に硬化してもAの部分が硬化不十分である時期を明確に指定できるかどうか、特に打ち継を実施する者が見分け得るような現実的観点からしてそのような時期を硬化過程中の一部の過程として確認できるかどうか等の設問反撃をしているけれども、もし本願発明の方法が審決のいうように、全体一様に、即ち各部遅速なく硬化するものとすれば、石炭燼末の凝結しない中はセメントも凝結しない即ちセメントを加えても加えなくても全体の硬化速度に変りがないことになつて、実情に即さない不当な結論となる。

五、審決はコンクリートに打ち継ぎ工事が行われることは慣用手段であり、その時期は早からず、又遅からざる硬化時期特に型枠を取り外した後に必要に応じて早期に施工されることが工事上の常套手段であると説いているが、普通のコンクリートの打ち継ぎは如何なる場合でも接目が常に可分な仮接着の状態を呈するものであるのに、本願発明の方法では、打ち継ぎコンクリートは打ち継がれるコンクリートと渾然一体となつて接目がないことになるのであつて、審決のいうような単なる工事上の常套手段と目すべきものではない。

本願方法は上記の通り石炭燼を主とし、軽量で寒暑、音響を防ぎ、火難に耐え、風化の恐れのない家屋その他の構造体を短期間に型枠の利用率良く打ち継ぎ、接目のない完全一体に堅牢に構成し得られる効益あるものであつて、これを要するに新規の発明を構成するものであるのに、審決が上記の誤つた見解の下に本願工事法が特許法第一条の発明とならないものとし、本件特許出願を排斥したのは失当である。

六、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べ、

被告指定代理人は事実の答弁として、

原告の請求原因一の事実を認める。

同二以下の主張につき、原告主張の主要点は(イ)本願の採択材料なるコンクリート自体は本願前公知であつても、それは加圧成型材料であつて、築造工事用材料ではないこと、(ロ)この両材料の一方から他方への未知の特性乃至機能の新規な利用は新規な発明を構成すること、及び(ハ)石炭燼末と同質の石炭燼塊の親和結合によつて特段の効果がある場合は石炭燼塊粒自体が軽骨材として公知であつても発明を構成すること、の三点であるから、右三点につき論駁するに、

(イ)  につき、近来の技術としてのセメントベースト、モルタル、コンクリート等の使用は、その用途、材料、技法等がそれぞれの関連において最も適当のものが選択採用されつつあることは周知の事実である。従つて用途によつて材料及び技法を選択し、材料によつて用途及び技法を検討し、技法について用途及び材料を選択することは、セメント工を論ずる当業者が常に考慮しつつあり、材料又は技法自体に新規な独創性が認められない限り、それ等選択、検討或は選定又は単なる用途の応用は当業者が必要に応じ容易にし得るところであつて、この点に発明は認められない。この意味で原告のいう加圧成型材料であるか、築造工事材料であるかの差異は用途の相違を主張するばかりであつて、材料自体の公知性を否定していないのであるから、この点に発明は認められない。

(ロ)  につき、原告は加圧成型材料が果して構造体の製造に適するかどうか、即ち構造体として十分な強度を有するかどうかが不明であつたが、その適用の可能であることを発見し、この発見に基き本願発明をした旨主張しているが、前記の通りセメント工界では、ベースト、モルタル、コンクリート等の材料は随時必要に応じて選択採用され、その配合割合や配合種類を変更して、異つた特性の材料を得た度毎に、それに適応する用途が検討され、或はその用途に適する材料が選択されつつある実情であつて、その間に材料の用途が定まつてから、その性能が検討されるとか、その性能が定まつてから、その用途が検討されるとかの截然とした区別があるというよりは、両々相まつて検討され、広く利用応用されて行くというべきである。従つて本願についてもその材料が公知なると同時に当業者がすべてその性能、用途を考慮したと見るべきであり、加圧成型材料が構造体の製造に適するかどうかが不明だつたとする原告の前記主張は冒断である。まして原告のいう構造体には高層建築もあるが、塀壁、歩道、階段から特に充填法で簡単にできる畦畔、間仕切等まで含まれ、特に強大な耐強度を必要としない場合もあり、原告のいう構造体として十分な強度とはどの程度のものか不明である。又その程度によつては当業者に十分推測し得られることは、軽骨材(炭殼を含む)を使用する材料(乙第一号証の十参照)が種々知られており、その材料の性能も検討されていることによつても明らかであり、従つて原告のいう発見は真の発見ではなく、推測される強度を単に数値的に表現する実験結果の数値の確定にすぎず、発見に基く発明の根拠とすることはできない。しかも容易に推測され得ないような構造体用の材料として所要強度が真に発見とするに値する程意外なものであることが仮に明らかにされても、その点につき審決前に信憑性のある資料に基いた釈明がされてないのであるから、審決がこのような所要強度のあることを認容しなかつたことは不当ではない。もし仮にそのような強度を有する材料であつたとしても、その材料に対する従来の尋常の打ち継ぎを行う工事法である本願発明の要旨はそのような性能を利用するものでないから、そのような発見があつても、材料自体(本願のものではその出願前公知である)に発明はあり得るが右発見は本願の方法が発明を構成する素因として取り上げることはできない。

(ハ)  につき、セメントに混入されて使用されるに当り、石炭焚滓、石炭燼、炭殼、石炭殻、シンダー等名称は種々あるけれども、すべて石炭の燃えがらであることに変りはなく、粉末状の部分も塊粒状の部分も含まれており、その大小両者が同質であつて共存することは明白であつて、本願発明の材料のみに限つて従来の炭殼を使用するものと相違して、その両者の親和結合による特段の効果が認められるとは考えられない。審決は「軽量粗骨材として大小適当に混合されたものがよいこと」が公知であるとし、「その石炭焚滓(炭殼)は細かい部分を多量に含み(必要に応じて三分目又は五分目の篩にかけて使用されることもあるが)」と記載した関係からも、塊粒に粉末が混じている塊粒の部分は大小混在するのが常識であるとともに、その大小混在するのがよいことすらも明白に公知であると強調したのであつて、そのいうところは理路整然としており、原告の主張は当を得ていない。

原告の請求原因四の主張につき、原告はその主張の(B)(C)(D)の部分が既に十分に硬化しても(A)の部分が硬化不十分な時期が必ずあるとしているけれども、この主張はコンクリート打ち継ぎの時期につき明快な確定の可能性を明にしてないものであるから価値のないものである。

同五の主張につき、原告は普通の打ち継ぎでは如何なる場合でも接目は可分な仮接着の状態を呈すると主張するけれども、打ち継ぎの時期によつてはそのようなことは否定されるべく、又構造体の規模によつては必ずしも右のような懸念の起らないのが実情であつて、本願発明と従来のものとのこの点の差違は程度問題にすぎないものと認められるばかりでなく、この点につき本願発明に特別の効果があるものとするに足る何等の信憑すべき根拠も存しない。常識的な時期に打ち継ぐというだけでは、材料の特別な効果を利用したとするに足る工法要素が全然ないから、たとえばそのような効果があつたとしても、打ち継ぎの実験又は実施の結果判明又は解明された効果であつて、そのような効果を有する材料の性能を利用した打ち継ぎ工法と見ることはできない。

尚前記の通り本願の工事法自体は常識的時期に打ち継ぐことだけであつて、独創的な方法の要素は何も含まれていないから、原告主張の本願方法の効益は工事法から発生するものではなく、材料自体の有する効益と見る外なく、従つて右効益あるが故に右方法が発明となるものとすることはできない。

と述べ、

尚後記の原告の主張に対し、仮に原告の認めるようにモルタルだけが公知であつて、コンクリートはそうではないとしても、軽骨材として石炭燼は公知であるし、セメント工界の実情に基く用途、材料、技法等の選択採用の普遍性が周知である事実から見て、モルタルとコンクリートとの材料に区別を設け、その一方の配合を他方に採用したからといつても、そこに発明を認めることは到底容認されるべきでない、と述べ、

原告訴訟代理人は被告の主張に対し、原告は被告の主張するように材料自体の公知性を否定していないわけではない。即ち原告は石炭燼末と石灰とセメントと三分目以下の石炭燼とを混じたモルタルの公知性は認めるけれども、それはモルタルのことであつて、工学上いうところのコンクリートもしくはコンクリートの資材ではない(このことは後記乙第一号証の八、九、十の記載により明らかである)。これに更にバラス即ち粗骨材となる大きさの石炭燼を加えたコンクリートは本件特許出願前全く類例がないから、その公知性を認めることができないのである。従つて被告が「セメントに混入されて使用されるに当り、石炭焚滓、石炭燼、炭殼、石炭殼、シンダー等名称は種々あるけれども、すべて石炭の燃えがらであることに変りはなく、粉末状の部分も塊粒状の部分も含まれており、その大小両者が同質であつて共存することは明白」であるとしているけれども、この主張は理由がない。と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因一の事実は被告の認めるところであつて、成立に争のない甲第一号証の二によれば本願発明の要旨とするところは「石炭燼末にその塊粒を含め、これに少量の石灰とセメントとを混じて加水練捏したコンクリートを混含セメントの凝結によつて主として硬化し、石炭燼の凝結が不十分で保湿状態にあるとき打ち継ぐ石炭燼を主とするコンクリート工事法」にあるものと認められる(右甲第一号証の二(本願明細書)に特許請求の範囲として記載されたものの内「石炭燼を主とするモルタルを介し又は介さずに」なる部分が存するけれども、右は発明の要旨の一部を構成するに足る意義を有するものとは認め難い)。而して右発明の要旨の内「混含セメントの凝結によつて主として硬化し石炭燼の凝結が不十分で保湿状態にあるとき」なる部分は、材料の一部が凝結し、他の部分が凝結しない時期のあることを前提としているけれども、本願方法の場合数種の材料が殆ど完全に混合されているものと認むべく、更にセメントその他の凝固は混入された水分中に凝固性分が浸出することが原因であるから、特に凝結が材料毎に別々に行われることを認めるに足る資料が存しない以上、右のような別々の凝結の時期が存在するものとは認めることができない。

而して審決がその理由において「石炭焚滓(石炭燼)に少量の石灰分とセメント類を混じ加水練合せたモルタルは本願出願前より国内において公知(例えば特許第八一一〇八号明細書参照)であり、その石炭滓(炭殼)は細かい部分を多量に含み、必要に応じて三分目又は五分目の篩にかけて使用されることもあるが、軽量粗骨材として大小適当に混合されたものがよいことも本願出願前公知(例えば昭和一四年七月二〇日附、学校美術協会出版部発行、矢崎好幸著、実技詳解セメント工第六四頁参照)である以上、本願発明の要旨中にある混凝土は、前記公知のモルタルと同一又は均等の域を出ないものと認められる」と説いていること及び審決が右の外に本願排斥の資料としてシンダー(石炭残滓)煉瓦の製造法に関する特許第八七六四二号明細書を引用していることは、被告において明らかに争わないから、その通り自白したものとみなすべく、成立に争のない乙第一号証の一乃至十一によれば審決引用の刊行物の一なる右「学校美術協会出版部発行、矢崎好幸著、実技詳解セメント工」にはセメント工はセメントのみのセメントベースト工、セメントと砂とのモルタル工、セメント砂と砂利とのコンクリート工その他に分類され、コンクリートに混合される砂利即ち粗骨材として炭殼(石炭燼)を使用すること、及び粗骨材も砂即ち細骨材と同様に粒度の大小が適当に混合されたものが良いことを記載してあること及び同刊行物が昭和十四年九月二十五日特許局陳列館に受け入れられたことが認められ、又成立に争いのない乙第二号証によれば、審決の今一方の引用例なる特許第八一一〇八号明細書は、昭和三年十二月十七日出願公告され、昭和四年三月二十九日特許されたものの明細書であつて、それには特許請求の範囲として、セメント類と純度九九%内外の焼成硅石微粉末とより成るモルタルを表面層原料とし、石炭焚滓、セメント類及び生石灰の混合物より成るモルタルを裏面層原料とし、これ等両原料を相重ねて型に入れ圧搾成形後硬化させて成る舖道用「ブロツク」の製造法が掲記され、尚例として三分目篩を通過させた石炭燼に少量のセメント類及び生石灰を混合して圧搾成形させることが記載されてあることを認めることができ、尚成立に争のない乙第三号証に今一つの審決の引用例なる特許第八七六四二号明細書は昭和五年二月五日出願公告され、同年七月二十三日特許されたものの明細書であつて、これにはシンダー(石炭燼)煉瓦の製造法として従来公知のシンダー煉瓦即ち石炭燼の粗砕粉に少量の石灰乳を加えて捏合し硬化乾燥させたものの強度弱く、且吸水性の大きい欠点を除く為、硅酸曹達溶液を散布して放置し、硬化力を大ならしめた五分目以下に粉砕した石炭燼に少量の石灰及びセメント類を混合し、水を加えて練合した一種のコンクリートを成型器に充填し加圧して堅牢にして吸水性も従来の赤煙瓦と大差のないものを製造することが記載されてあることが認められ、以上の審決の引用例に記載されたところは前記認定の或は特許局陳列館に受け入れられ、或は出願公告されたことにより本件特許出願前公知となつていたものというべきである。

本願発明の要旨と以上の審決の引用例の記載事項とを比較するに、前者は前記の通り特定の混合によるコンクリートの工事法において、特定の時期を限定してこの時期内にコンクリートを打ち継ぐことを特徴とする方法であるけれども、この特定の時期の存在を認むべき何等の資料も存しないから、その時期は結局審決のいう通り早からず遅くない時期とする外なく、又この方法に使用する特定の材料即ち石炭燼末にその塊粒を含め、これに少量のセメント及び石灰を混じて加水練捏したコンクリートそのものも、すでに石炭燼に少量のセメント及び石灰を混じたモルタル及びコンクリートがそれぞれ前記特許第八一一〇八号明細書中に記載されてあつて、本願前公知であり、粗骨材として石炭燼塊粒を使用することも審決引用の前記「矢崎好幸著、実技詳解セメント工」中に記載されてあつて、これ又本願前公知であり、これ等公知の事項を綜合して容易に類推し得るところと解される。従つてこのようなコンクリートを前記の通り遅からず又早からぬ時期に打ち継ぐことは発明を構成するものということができない。

原告は審決引用の前記特許明細書に記載された材料はいずれも圧搾成形用材料であり、これを構造物にその侭使用し得るかどうかは業界で不明であつたところ、原告において実験した結果構造物に使用し得ることを発見し、それに基いて本願発明をした旨主張しているけれども、本願発明の要旨が構造物の種類を少しも限定していないばかりでなく、前記のように軽量コンクリートとして石炭燼の塊粒を使用すること、及び石炭燼末と石灰との混合物が凝結作用を有しセメントの代用として使用されることが公知であることに徴すれば、前記材料を構造物に使用することの可能であることは本願前から公知であつたものというべきであるから、その結果発明が生じたということはあり得ないのであつて、原告の右主張は認容するに足りない。

然らば本願発明の要旨とするところは特許法第一条所定の特許要件を具備していないものというの外なく、審決が以上と同趣旨の理由を以て本件特許出願を排斥したのは相当であつて、原告の請求は理由がないから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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